今冬はあんまり雪が降らないなぁ、と思い始めていた先月中旬までの内心を見透かして裏切るような先週の大雪だった。
近畿では最も温暖とされている和歌山県でも、積雪と路面凍結による車両の立ち往生や滑走事故が相次いで発生した。冬タイヤに無縁の土地柄ゆえの大混乱だったようだ。
数週間前に「ロシア西部でマイナス65℃になるぐらいの寒気団が発生していて、ひょっとしたら日本上空まで移動してくるかも」と関与先で世間話的に話した記憶はあるが、差し迫るような危機感を伴う自分事と捉えていなかった。ウクライナもロシアもその周辺国も、一般市民は戦禍疲弊に加えての極寒という多重苦に苛まれてますます大変ではないかと感じたのは事実だが、そこで思考が止まっていたのは能天気としか言いようがない。
気象予報どおり先月下旬に大陸から大寒気団が到来。JPCZ(線状降雪帯)の猛威によって交通をはじめとする社会インフラのマヒや停滞が発生し、物流網も少なからず混乱した。
運輸機能は集配不可となり、倉庫業務も休止や稼働制限となった事業所は数多かった。主たる原因は「大多数の社員とパートさんが出勤できない」からに他ならぬ。しかし中には庫内作業を止めることなく、一定量をこなした倉庫があった。
そのような倉庫は周辺の交通網がマヒする中、手品さながらにいかにして作業人員を確保したのか・・・種を明かせば「倉庫敷地内に居住している者が十数人いるから」ということだ。
そして上記の事業者にとってはあくまで“意図せぬ偶然の産物”ともいえる不幸中の幸いを、能動的な戦略として用意することの是非について久々に考えてみたのだった。
ずいぶん前になるが、倉庫人員の職住近接についての考察を書いたことがある。
、、、それがどの原稿だったかすぐには検索できないので、今回は参照URLなしのまま進めることにいたしまする。毎度いい加減で物忘れの激しいワタクシをおゆるし下さい。
というわけで重ねて具体的に書く。大雪で社員もパートさんも出勤できないのに、とある物流倉庫が当日分の出荷引当データを余すことなく梱包完了まで仕上げられた理由とは、
「倉庫敷地内に寮があって、その住人たる屈強な運動部の若者たちが業務をこなしたから」
に他ならない。
ここで肝要な点は、作業人員が屈強な若者である必要はないまでも、年々発生する頻度が高まる暴風雨雪による機能停止に際し、再稼働時を見据えた下準備と開店休業状態の回避ができるというメリットについてだ。
本来ならば社会インフラの再稼働に合わせて業務再開となる時間ロスが一日もしくはそれ以上短縮できる。たとえば今回のような大雪による通勤障害に際しても、人員確保のために社員やパート従業員たちに、慣れぬ凍結路を車両運転して出勤させるような無理はしなくてよい。
使用者側からすれば都合の良い点は多々あるのだが、倉庫業務に慣れている運動部員寮が倉庫敷地内に併設されているというのはかなり特殊な事例である。
従って、一般的な物流倉庫や運送拠点の敷地内や近接地に社宅を用意するに際しては、それに付帯する良悪項目を使用者と労働者の双方視点から考えなければならない。
まず最初に浮かぶ疑義は「年に一回あるかないかの天災対策のために倉庫敷地内や隣接地に社宅を設けるのは不合理」という点だろう。
もちろん激甚災害時には機能停止して、無用な事故やトラブルを招かぬように制限・停止が最上策というのは心得ている。その反面で「天災による出勤停止=有給扱い」となるのははたしてどれぐらいの割合になるのかという点も見過ごすわけにはゆかない。
ちなみにコスト効果を言いだせば、近年流行りのBCP・BCMの根本を揺るがしかねないが、混ぜっ返し議論は本意ではないので、これ以上進めるつもりはない。有事への備えとしてBCPの項目に加える措置も大いにあり、という結びが好適だと思われる。
さらには人材囲い込み効果も少なくないはず、いう加点要素にもなる。企業によって事情が異なることは承知しているつもりだが、現場従業員の不足に苦しむ事業者ならば、通年の採用経費と交通費、欠員補充のための派遣労働力コストなどを試算してみればいかがか。
一定以上の期間比較なら社宅提供は決して高い投資ではないと予測している。敷地内・隣接地にこだわらなければ、近隣での既存建物を転用することで時間とコストを倹約できそうだ。
まとめると、使用者側のメリットとしては、
1.割安な社宅という福利厚生訴求による採用時の差別化
2.災害時の通勤不能による業務機能停止リスクが軽減されるのでBCM的にも有利
3.住居付きであれば、人件費の抑止効果を保ったまま待遇評価を平均以上に保てる
労働者側のメリットとしては、
1.社宅付きなので、遠方からの就業でも住居選定の手間や不安がない
2.基本的な生活コストが安くあがる
3.通勤時間のロスがゼロに等しいので、可処分時間が増える
このあたりの労使双方のメリットについては、自動車や機械産業の寮付き勤務の募集広告やSNSなどで公開されている実態を調べればより詳しく細かく知ることができる。
問題はデメリットについてのほうだ。
使用者側のデメリットとしては、
1.いわゆる放浪状態に近い短期労働者の応募が相当数混ざる
2.雇用形態を正規と非正規のいずれかに絞るのか、併存させるのかの判断が難しい
3.通勤者との待遇格差を生じさせないための制度設計の中身
労働者のデメリットとしては、
1.災害時の緊急出勤以外に休日出勤や通勤組の代替労働の頻度への不安
2.職住接近ゆえの、プライベートとの切り分けがあいまいになりがちになりえる
3.解雇や契約打ち切り時の職住同時消失のリスク
などが挙げられるだろう。
寮付きの現場従業員募集=若年~中年単身者が標的、というイメージが強いかもしれない。
それはそれでいいと思うが、高齢者の夫婦もしくは単身親族同居世帯を雇用することで相乗効果が期待できるのではないかというのが私の提案なのだが、それは別稿にまとめるつもりだ。
多世代にわたる生活者が雇用と住居という暮らしの基礎要件を物流拠点内で得られれば、そこには小さな社会が生まれるはず。もちろん自治体を巻き込んでの構想となるべきであるし、人口減少下にあっての地方自治体経営の一助となりえる。
自治体による「域内物流の自前化」は官民協業で取り組むべき事業として無理がない。
物流拠点の在りかたを多様化・複合化させることは、その布石となるはずだ。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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