初めて作る、もしくはあまり作ったことのない料理の場合、ネットなどでレシピの検索をする方は多いと思う。
ものすごい情報量といろいろな切り口でのコメントや工夫が付加されていて、楽しく読めて便利でありがたい。
(ちなみに下手の横好きながらも料理は結構する)
「クッキングレシピ」は「ピッキングリスト」に似ている。
、、、おやじギャクのつもりは毛頭ない。
というハナシをしたいのではない。
レシピ各行にある内容を順番どおり、ルールどおり、各作業の想定時間どおりに。
と、始めるのだが、途中で何度も魔が差す。我流でいろんなことをやってしまう。
しかし結局は記載分量や時間を守って作ったほうが美味しい。
具材にしても、あまり追加しないほうが良いことが多いし、調理時間なども短くも長くもないのが無難。
自分なりの機転や工夫でちょっとした追加や加工をあれこれしてみるが、プロや調理に長けた投稿者の「答」には及ばないことがほとんどではないだろうか。
クッキングレシピの構成に優劣や過不足があるように、ピッキングリストの評価も「松竹梅」「ABC」程度の区分はあるらしい。さまざまなタイプの書式やその作成意図の解説が掲出されているが、個人的には「松と梅」「AとC」しか存在しないと思っている。
松梅の違いは明らかで、その理由もすべて説明可能なものだし、改善方法も完成している。
松と梅のパターンがある程度決まっているので、梅を松に変える手法も定番化していると言っていい。
クッキングレシピを書き直したからといって美味い料理が作れるようになるわけではない。
それと同様にピッキングリストの面を変えただけでは現場は変わらない。
理由は単純。
両方とも「ただの紙切れ」もしくは「ただのデータ表示」に過ぎないからだ。
料理者や管理者の「手」が入らないと、美味い料理や上手い現場は完成しない。
その「手を加える」「ひと手間かける」「足して引く」などの按配と加減こそが肝になるポイントなのだと思っている。
レシピやリストの各行をつなぐ手間や段取りこそが、ただの紙切れやただのデータを伝家の宝刀に変える。
クッキングなら「下準備」「下味」「出汁とり」「隠し包丁」のような事前の手間が味の決め手となる。
ピッキングなら「ロケ配置」「ロケメンテ」「ロケ表示」「品番表示」「リストの分類と使用什器」あたりが業務品質の決め手となる。
昨今主流化しつつあるセントラルキッチンや全自動化倉庫では、こんな解説など無用なのかもしれないが、多くの家庭や店舗厨房や大多数の倉庫内では「うまい」を維持するための不可欠な要素のひとつとなっている。
ピッキングは「技術にしてはならない」工程。
誰もがすぐにできる作業であることが基本。
しかしその単純ともいえる作業手順の裏側には、熟考と何度もの手入れが重ねられた物流設計技術が潜んでいる。
視えない技術が視える作業の技術性を排除する。
私が物流を好きな理由の一つは、こういう隠し釘や隠し包丁的な仕込みができるからだ。
商材の特性や大きさ、物量、保管方法、入出荷の頻度、梱包形態とそのライン構成、などによって動線の取り方が変わる。手数と脚数のバランスを考えてロケーションを切ると同時にピッキングリストの「表示のロジックと行間に含ませるいくつかの約束事」が決まる。
それが徹底されているか否かで、現場業務も「松」になったり「梅」になったり「A」だったり「C」だったりする。
以下に二つの事例を挙げる。
読者諸氏はアパレルECと住宅設備の卸売の物流現場を思い描きながら読んでいただきたい。
【アパレルEC会社の場合】
入荷予定表に紐づいた検収検品後はフリーロケーション運用のWMS指示に従って、入荷物は棚に振られてゆく。
ロケ番と品番の表示は極限まで簡素化されていて、ピッキング作業は手持カゴか、一度に複数件数をピッキングできる現場に合わせてカスタマイズした「複数カゴ付き手押し車」のような道具で黙々と行われる。現場によってはピッキングリストは紙ではなくタブレット端末やTAだったりするが、業務の基幹設計は同じ。
入荷で1回目、棚振りで2回目、ピッキングで3回目、梱包で4回目、の「ミス防止関所」が設けられる。商品マスターの整備がきちんとできていれば4か所の関所では番人にあたるWMSの子分である「端末」が音や表示で間違いを報せてくれる。
ピッキングリストには短い桁数の英数表示とバーコード。
商品情報は皆無。
新聞を団地に配達する際に、ポストや表札にある住人の名前を見ることなく「何号棟の何号室」のみでひたすら配る様と同じだ。
EC物流の現場は団地の新聞配達に似ている。
【住宅設備卸売会社の場合】
出荷品の90%以上が客注。入荷即出荷が基本。メーカーには午前中必着でオーダーし、運送会社にも午前配の徹底を依頼している。
したがって、入荷処理から出荷完了までの時間が限られている。
当日入荷・当日出荷完了・翌日着、のようなタイトできわどい業務の連続。
入荷予定=出荷予定、となることが日常。
「ピッキング」という概念が社内に存在しない。
したがってピッキングリストも存在しない。
が、それではこちらとして不本意なので、入荷予定と出荷予定と納品書をいじくって加工して、一枚物の「現場書類」を作成した。そしてそれを使って、下記のような流れを直列・一連で行うことにした。
入荷検収 → 仕入確定 → 在庫計上 → 受注引当 → 出荷処理 → 在庫データ確定 → 売上完了
という流れを数分以内に。
(実際に設計した業務フロー。まったく問題なく日々稼働している)
釣り上げた魚を、その場でしめて調理し、居合わせる皆で食べてしまう状況に近い。魚を釣る前に、まな板と包丁と鍋や皿や醤油などの調味料が用意されている。
ゆえに、釣果を数えたり、持ち帰りのための道具や、自宅での保存や冷蔵庫から取り出して調理、などの手順を考えたりすることもない。
この場合には、ECに比べてはるかに手の込んだ仕掛けが必要になる。
一見「荒っぽい」ように見える現場なのだが、その業務フローには緻密なミス防止の仕掛けと、時間効率を追求した手順が織り込まれている。
腕の見せ所なのだ。
(翌日出荷ではアカンのか?という疑問や指摘が多々あることは心得ている。しかし、その企業は入荷即出荷を社是としているので、理屈や合理性の正論は一切通じない)
長くなってきたのでこれぐらいで止めておくが、単純な料理が「簡単」とは限らないように、物流現場も同じなのだと言える。
多種大量の入荷量と出荷件数を誇るEC企業の現場が、実は簡易で明快な理屈のみで運営可能であるかと思えば、大きかったり小さかったり細かったり太かったり重かったり軽かったり変な形だったり真四角だったり――一見、混沌として荒っぽいと思える設備関連の現場に、緻密で研ぎすまされた業務フローと作業手順が走っていることもある。
やはりピッキングとクッキングは似ている。
というのは、毎度のこじつけと眉をひそめられるのだろうか。
「ととのいました」と襟を下引きして後ずさりしながら書いているんだけどなぁ。
ん?まさか、ひょっとして、、、
「お呼びでない?……… お呼びでないね」、のほうか?
こりゃまた失礼いたしました。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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