物流よもやま話 Blog

忘れられない応募者-うちのオカンは

カテゴリ: 余談

前回の掲載でたくましく生きるマルチワーカーのハナシを書いたが、倉庫スタッフの面接にまつわる思い出としてもうひとつ忘れがたいエピソードがある。
それは新設倉庫のオープニング・スタッフを大量募集する求人広告への応募者とのやりとりの顛末だ。

とある倉庫会社が新設する営業倉庫の従業員募集のために、かなり手広く求人広告をうった。
書店・コンビニなどで配布される無料冊子と新聞全紙の折込媒体までもれなく手配して、万全の構えで臨んだのだった。その甲斐あって、応募者は順調に集まり、連日に及ぶ面接の結果、予定人員数の確保が叶った。人事担当者や新設センターの責任者である所長も、立ち上げに向けての最重要課題をこなしたことに安堵していた。

応募受付を締め切ってしばらく経ったある日、一本の電話がかかってきた。
電話の主は「新設倉庫の求人に応募したが書類選考で落とされた」という男性からで、本人いわく「どうして面接すらしてもらえなかったのかを教えて欲しい」とのことだった。
求人のたびに似たような問い合わせがあるので、電話対応した社員はどの会社でもありがちな文言で丁寧に返答して、さしさわりなく穏便に電話を終えようとした。
が、その男性はなかなか諦めようとしなかった。
「貴社は私を面接すべきだ」という結論に至る彼の言い分は以下のような内容だった。

1. 自分は〇〇〇株式会社の工場で20年近く働き、現場では‘かなりエライ立場’だったが、さらなる成長と可能性を追求するため、惜しまれつつ退職した。
2. しかしながら、転職した今の職場では自分のもつスキルがまったく活かせないので、まもなく辞めることになっている。心機一転、貴社で存分に能力発揮するつもりで応募した。
3. 本来は正社員に応募することが順当なのだと承知しているが、試用期間がわりに、と割り切ってパート職に応募した。
4. 今年で43歳になるが、肉体的・体力的には高校時代から変わっていない。今も毎日自転車で往復20㎞の通勤をこなしており、倉庫内の作業も難なくこなせる。
5. 家庭の事情で大学進学は断念せざるをえなかったが、高校の担任は「一流大学でも頑張れば挑戦できる」、と評価していた。
6. 今も独身なのは、出会いの数ばかり増えるものの、自分が結婚に踏み切れないことが原因だが、そろそろ年貢の納め時だと思っている。
7. 自分のような社会経験豊富で管理職の経験もあり、勤務時間や休日出勤への柔軟な対応が可能な人材は希少だと思う。
8. いくつかの会社から熱心にお誘いを受けており、そろそろ返事をしなければならないのだが、貴社こそが第一志望なので、その結果を待って他社への返答をするつもりだ。
9. 母と二人暮らしだが、母はちゃんと働いており、扶養に関する経済的不安はないので、その点でのご心配は無用だ。
10. 人の上に立つことが多かったので、沈着冷静で合理的すぎて人間味に欠ける、と周囲からは距離を置かれてきたが、内心は情にあふれておもいやりが強いと自負している。
11. ギャンブルは競馬と競艇のみで、それ以外は一切しない。賭けマージャンや花札賭博、カジノなどにもまったく興味がないのでご安心願いたい。
12. 喫煙は必ず喫煙所でするし、業務中の飲酒は絶対にしない。現在の職場でもそれは徹底している。
13. 普段は眼鏡だが、夏場はコンタクトレンズにすることもある。(たいへん汗かきなので、メガネが曇って業務に支障が出ることを避けるために、それなりのコストをかけている)

実際にはこれらを30分以上かけて電話対応した女性社員に延々と続けたのだが、それにとどまらず、電話を切った直後に会社の「問い合わせフォーム」に箇条書きで「先ほどのお電話の要旨確認のために」という書き始めで、会話内容をまとめたものを送信してきたのだった。
その会社の役員からもらった「社外秘」ながら「具体的な個人情報を削除した本文のコピー」を、当時使用していたノートに貼り付けていたのだが、それがどこかに紛れて見つからず、覚えている範囲で書いているというのが実情だ。

たぶんもっと長かったはずだと記憶しているが、書き漏れているとしたら、おそらくは「正社員になった場合の希望年収」「好きな食べ物」「好きな歌手・俳優」「趣味」「スポーツ」「得意な科目」「好きな言葉」の類だったと思う。微妙なニュアンスや言葉の過不足はあると思うが、趣旨を違えてしまうほどの誤差はないはずだ。

「〇〇〇〇様
この度は弊社〇〇物流センターの求人にご応募いただき、誠にありがとうございました。
お電話でのヒアリング内容と併せ、頂戴しましたメールを社内で慎重かつ厳正に検討の結果、やはり今回は書類段階で見送り、とさせていただくこととなりました。お電話でもご説明いたしましたが、選考基準については応募者への開示や告知は行っておりませんので、なにとぞご了承下さいませ。
なお、ご応募いただいた求人につきましては、定員に達しましたので追加や補充の採用枠が現在ございません。その点も悪しからずご理解とご確認願います。
この度はご希望にそえず申し訳ございませんでした――――――、、、、。」

という類の返信内容だったと聞いているが、多少の違いはあれど、どこの会社でも似たような中身になるだろうし、それが電話であっても同様だ。
いわゆる無難な対応でつつがなく収めて、、、がありがちでそれなりの、というものだ。

しかし、これでも終わらなかったのだ。
メール返信した翌日に、ふたたび電話があり、
「やはり納得がいかないので一度訪問して面談願いたい。仕事経験の豊富な‘しかるべき方’なら、私と話せば必ず採用したくなるはずだ」と訴えかけるような口調で引き下がる気配なく、電話を切ろうとしない。
担当者も困り果ててしまい、上司に相談のうえ、すぐに電話する旨を伝えて受話器を置いた。
報告相談を受けた上司は、新設センターの所長に事の顛末を説明し、「現場の責任者からの説明が一番いいだろう」という結論に達した。
で、さっそく所長はその応募者に電話をしたのだった。
以下、やり取りの途中からの大筋を再現してみる。

所長 「ご熱心な応募者はありがたい限りなのですが、今回は縁がなかった、とご納得いただけませんか」
応募者「そやから、理由が知りたいんです。断られる理由が思い当たらんので」
所長 「採用・不採用にかかわらず、その理由は申し上げられません」
応募者「なんでですか?」
所長 「説明内容の受け止め方や理解の中身が個人によってさまざまだからです。誤解や曲解を未然に防ぐためにも、結論のみお伝えするようにしています」
応募者「それはごもっともですけど、具体的な理由だけやったら誤解しようがないと思うんです。面接すらしてもらえんのは履歴書や職務経歴に問題や不備があったからですか?」
所長 「その点も含めて、結論以外は申し上げられません。弊社同様に選考に関する諸事を社外秘としている企業が多いのは、それが一種のノウハウでもあるからです。
つまり求人広告の作成から書類選考・面接方法や質問内容などは、各企業が独自に培ってきた経験に基づく技術なのです。メーカーの製造技術や工程管理と同じく、物流会社において業務品質を左右する最重要要素である人材に係る諸事は、最高位の機密事項としている企業も少なくありません。ご経験豊富な〇〇さんなら説明するまでもないことだと存じておりますが、一応基本どおりにお話しした次第です。
それゆえに採用に関する弊社の回答としては、当初から一貫してのとおりとなるわけです」
応募者「・・・わかりました。さすが役職者は違いますねぇ。ものすご説得力ありましたわ」
所長 「恐れ入ります。ご納得いただけたなら幸いです」
応募者「私については納得しました。それとは別に、あの求人広告の下の方に書いてあった‘高齢者歓迎’の枠でうちの母親はどうかと思ってますねん」
所長 「えっ?」
応募者「そやから、高齢者枠のようなものがあるなら、是非うちの母親を雇ってもらえんもんかと思てるんです」
所長 「あなたのお母さまにうちで働いていただく、、ということですか?」
応募者「そうなんですよぉ。これこそまさにピッタリやと思うんですわ。いわゆる企業の社会的責任としての高齢者雇用です」
所長 「いや、それは、、、今すぐにはちょっと無理ではないかと、、、」
応募者「ぜんぜん心配ご無用です。うちのオカン、あっ、ハハは70過ぎにしては、ものすご元気で見た目も若いし、今もバリバリに工場勤務してますから」
所長 「それならそのままでよろしいのではないでしょうか」
応募者「いやいやいや、おたくさんの倉庫の方が絶対向いてるような気がしてならんのです。そのうえに今の工場より時給も高いし、近いし、立派やし」
所長 「いやいや、今は高齢者向けの求人枠がありませんので無理です」
応募者「いや、でもね、うちのオカン、っと、ハハは長いこと〇〇町の〇〇倉庫で働いてたんですよ。そこでもずーっとパートリーダーやったんで、即戦力としてお買い得です」
所長 「いや、ですから、今現在は求人がないんです」
応募者「いやいやいやいや、つい最近までごぉっつい求人広告出してはったやないですかぁ。まぁそら私についてはパート職にしてはオーバースペックすぎて単純な時給仕事でのフルタイム契約では雇いづらいでしょうけど、工場や倉庫は突然辞めたり休んだりする人が多いんやから、作業人員に多少の余裕は必要なはずでしょう。特別枠で特別待遇職としてうちのオカン(もう言い直さなくなっている)かワイを雇えば、急に人手が足らなくなったときとかにすぐ補充できるから便利ですよぉ。
ワイを雇ってオカンをいざというときの補充要員にあてておくか、その逆にするか。それよか(よれよりも、の意)いっそのこと親子まとめて即戦力化するか、、、そのへんは所長さんの権限でなんとかなるハナシやと思いますけどねぇ」
所長 「・・・・・・・・・・」
応募者「お買い得ですよ~」
所長 「ともかく、今回のあなたの応募についての説明と会社としての対応はここまでです。それでは失礼します」
応募者「そんなこと言わはらんと、いっぺん親子で伺いますから、面接だけでもお願いしますわ。嘘偽りなく、うちのオカンは小綺麗で50代にしか見えませんし、ワイも体力と真面目さには自信があります。親子で近所の同じ職場は理想的やし、会社側にもメリットだらけですよ。だからぜひ、」
所長 「必要なお話は終わりましたので、これで失礼します。電話を切りますね」
応募者「あ、そんなこと言わんと、そこをなんとか」
所長 「・・・・・(沈黙のまま静かに電話を切る)」

後日談だが、その出来事から数か月後の倉庫協会の地区会合時に「ものすごいオカン」の話題が出たのだとか。
そのオカンは70代半ばながら、履歴書の写真は30代ぐらい頃の写真が貼付されている。なおかつその写真と矛盾すること甚だしいながらも「見た目は50代前半にしか見えない」と自己アピール欄には記載がある。職務経歴には20社を超える「豊富な職務経験」が3枚にわたって記されており、さらには「残業・夜勤可。万が一ながらも欠勤の場合には同居する息子が補充人員として穴埋めするので、現場に迷惑をかけることはない。もし急な仕事や一斉退職や急病などで現場が人手不足に陥る事態などの際にも息子を連れてくるので、会社にとっては非常に都合よく便利だ」と丁寧に記されていたとのこと。

母子が主従逆転しながらあちこちの求人に応募してるのか、、、と前出の所長は思ったのだが、あまりの厚顔さにあきれてものが言えなかったそうだ。
「なんという親子なのだ、、、しかしそれぐらいのバイタリティーがあるなら、思い切って使ってみたい、、、いや、絶対ダメだろう。。。いやしかし、もしもはまればドエライもうけもんになるかも、、、ばかたれ!、そんなとこに欲出して現場が混乱したらどうする。面接前ですらあの粘りなんだから、入社後に辞めてもらう段となったら、どれほどに延々とごねられて尋常なく大ごとになるかを考えるだけでぞっとする」
という言葉がぐるぐる回って目まいがしたそうだ。
結局、会合の休憩中に「見た目は若いオカンとその息子」が登場する出来事を笑いながら話している、隣市の倉庫会社の役員のハナシを終始黙ったまま聞いていたのだとか。

物流現場にはいろいろな人がいる。
その時は戸惑ったり困ったりもするが、少したって思い返せばなんとも滑稽で面白くもある。
なんていう他人事のようなつぶやきは、現場の管理者たちからヒンシュクをかいそうだ。
「笑い事ではない」「不謹慎である」
という読者諸氏の小言には「申し訳ございません」と平身低頭お詫びするのみだ。

でも、「うちのオカンは見た目が若い」という息子殿の言葉を内心で思いだしては、「やっぱりおもろいやんけ」と独り言ちているのだ。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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