物流よもやま話 Blog

エンドクレジット2019

カテゴリ: 余談

二つの元号を跨いだ2019年もあと数日。
例年どおりのコメントだが、一年の過ぎゆく速度が増す一方だ。
この分では「あっ!」という間に人生が終わりそうだなと思っている。それが寂しく辛いことなのか、逆に安堵と平穏の訪れであるのか。

という類のハナシは宗教屋さんに任せておけばよいのだが、柄にもない想いが過るのもこの時期ならでは。
大掃除や買い出しもほとんどせずに、普段と変わらぬ冬の日常を過ごしている。
それゆえか体も時間もゆったりしていて心地よい。
なんの目的もなく、風情と喧騒を心地よく感じながら暮れの街を歩く。
若者の姿が少ないことぐらいしか気がかりに感じることはないが、それとて時代なりの世相だろう。ただ黙して眺めるのがいいに違いない。

大きな組織の一員という言葉があるが、正確には大きな会社の中にある小さな集団の一人、という意なのだと教えてくれたのは、取引先の管理職である同年代の男性だった。
数年前のクリスマス間際、大きな宴席から流れて二件目の居酒屋。
混みあう店内の奥座敷の一隅で、彼と私は差し向かいで呑んでいた。
「年が明けて春先の辞令で、子会社に異動することになりそうだ」
手洗いの中座から戻った私に突然切り出された言葉。
耳に障っていた店内の喧騒が一気に遠くなった。

どう返せばよいのかわからないまま、私は無言でビールを注いだ。
「役員待遇の栄転だとさ。体のいい左遷なのは皆わかっているんだけどね」
現在のポジションと異動によって就く役席の上下優劣が私にはわからなかった。
上席の役員が子会社の社長になる。それに連なるように彼も転籍になるのだとか。
「本懐にあらず」
あえて装う無表情が彼の心を物語っているようで、私はただ黙して聴く以外になすすべがなかった。
「万事塞翁が馬、と思い直して異動先で最善を尽くす、ではだめなのだろうか」
と内心に浮かんだ言葉をすぐに打ち消した。大きな組織に所属する人の心情を理解する立場にない自身を想えば、何かを返すことは不適当だとしか思えなかったからだ。
大企業の組織論や人事の無常は耳学問として理解しているつもりでも、当事者たちに「わかりますよ」などと言えるはずない。
門外漢の私ふぜいに理解や同情の言葉を投げかける資格などないに決まっている。

勤め人時代は社内での立場や出世などには無関心だった。
というより諦めていたと書くべきだろう。
立ち回りや人付き合いの要領が悪く、そのうえ頑固で偏屈。
時と場所と相手を選ぶ物言いはぎこちなく苦手。本筋の変節、順番の入れ替えなどは逆立ちしてもできないし、やる気もなかった。
上席への舌禍事件は数知れず、役員や上級管理職からは忌み嫌われていたはずだ。
友人たちがそれぞれの勤務先での役職や待遇を気にし始める年齢に差し掛かる頃には、私は真っ当な勤め人を辞めていた。浮き草のように世間を漂い、自業自得の典型よろしく四苦八苦の連続で何とか生きている有様だった。
大きな組織で自制し自助し自失せずに歩み続ける友人たちを、颯爽として凛々しく眩しい存在に感じながら、同時に煙たがって近寄らなくなっていった。
心の奥深くに根付いてしまった「ひけめ」が卑屈な敬遠を生み出していた。
追い込まれているのは誰のせいでもなかった。

そんな薄墨画のような回想が店内の喧騒とともに再び遠ざかる強い口調。
「思い切って辞めようと思っているんだ」
苦笑いしている彼の眼は哀しそうだった。
やはり私は無言のままビールを注いで、黙ったまま頷くだけだった。
その場でその人に返すべき心ある言葉が出てこなかった。
いつの間にか真っ当な勤め人の心情を酌むことができなくなっていたのかもしれない。
ましてや彼とは少なからずの時間と目的を共有した仲。なのになぜ、とおり一遍の相槌と無言の頷きに終始したのか。
そう思い返したのは、彼と別れてしばらく歩いてからだった。
沈黙は金、とは似ても似つかない不甲斐なく卑怯な自身の今しがたを、立ち止まって靴が擦り切れるぐらい踏みにじりたかった。

 

普段より早く目覚めた今朝。
いつものようにいくつかの原稿を、書き始めたり手直ししたり。
気が付けば二時間あまり経っていた。
御陵の森影が蒼く転じ始めた。もうすぐ夜が明けるのだろう。
不意に思い出したいくつかの映像と言葉。
時間の経過が記憶をより鮮やかにするということもあるのだと、書きながら思い知った。
あの時の彼のまなざし。
居酒屋での遠ざかってゆく喧騒が潮騒のように耳に居ついて離れない。

今年は大きな動きがあった一年間だった。
公私ともに、という意味でもあり、社会と個人ともに、でもよいだろう。
改元と前後して自身にもいくつかの変化があった。
喜怒哀楽のすべてがめまぐるしく入れ替わり、波間を漂うがごとく心身は翻弄された。
しかし穏やかな今日を過ごしていることが、この一年の答なのだと思う。

みなさまの2019年。
その最後にはどんなエンドクレジットが巡るのだろうか。
知友人、取引先、訪れた地や新たな縁などでつながる人々。
そしてかけがえない家族。
いくつかの場面や言葉を伴って、クレジットたちは流れてゆくのだろう。
誰にも報せることのない心の声をその最後に添えるのかもしれない。
振り返りの瞑想には自愛と自賛の褒美をお忘れなきように、と老婆心ながら申し上げる。

 

本年もお世話になりました。
拙文の読者諸氏、実際に対面しさまざまなやり取りや言葉を交わしていただいた皆様。
すべての方々に心から感謝いたします。
いま、私のエンドクレジットにたくさんのお名前がロールアップしはじめました。
その各行にありがたく手を合わせつつ、平成から令和への改元年を終えたいと思います。

大晦日までの刹那、ほほえみの時をお過ごしになりますように。
そして来る年がみなさまにとって素晴らしい一年となりますように。
陰ながら祈念しております。

永田利紀

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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