昨年の最終掲載は大晦日だったが、今年度の第一稿は年度始まりの4月1日となった。
しかしながら、年々「期初」「期首」「新年度」などの言葉が人々の話題になる機会が減りつつあり、伴う式典や催しの類も同様であると感じている
特殊要因とはいえ、コロナ禍での3回目の新年度を迎えることとなった今春は、もはや大掛かりな式典やイベントなどが無いに等しい状況が平常化しているが、無いなら無いで済んでしまうという実態にも皆が慣れつつある。
わが国では大正時代に持ち込まれたエイプリルフール以前、江戸時代には4月1日を「不義理の日」としていた。沙汰が遠のいている知人・友人や恩師などに手紙を書いて不義理を詫びる、借金返済の滞りや虚偽の類を懺悔して詫びる、などを行う日として喧伝されていたようだ。
そもそもの由来は中国にあるらしいが、さらに遡ればインドを源とする風習なのだとか。
午前に嘘をついて午後に種明かしする洒落や冗談の日、よりも不義理を詫びる日の方がはるかに好ましいと思う次第だが、読者諸氏はいかがだろうか。
個人の生活にとどまらず仕事でも、わかっていながら放置や先送りしている事象は多い。
倉庫業務や車両運行管理などはその典型で、大きな支障を招かないと判じている未達事項や不備を長期間放置していることは珍しくない。
「支障ない=マイナスにならない」という思考回路なのだろうが、「支障ない状態でも、さらなる改善を探求=想定外のプラス効果」という想像も必要だ。
「プラス効果」とは具体的な数値や物理的な変化で測定できるものに限った範囲からはみ出て、無用の用といった類の細部にまで至るのだと思う。
そんなことは皆わかっている。しかしながら今日も今週も今月も無事に終えている現状に飽き足らず、さらなる高みを目指す動機や活力を絶やさない管理者は決して多くはない。
などと書いている私自身、大いなる怠け者だし、できる限り仕事をしたくない。それゆえに最短距離の業務動線や最少工数の業務手順などの「最短時間で業務消化する方法」を本気で考えて必至でひねり出す。「できるかぎり楽したい」という執念が、簡素で単純な業務手順の設計の源となっていることは自他ともに認めるところなのだ。
だからこそ、ちょっと時間が浮くと、次に楽できる方法を考えてしまう。
あちこち手間を間引いて、もうこれ以上減らしたり削ったりする部分がない、となった際に目をつけるのは、放置されていたり失念されている死角となりつつある場所や業務だ。
閉じられた蓋を開けたり、被せ物を取り払ったりして、中身を展げてみると、その中に冗長な業務の生まれた理由や、業務廃棄物の行く末がいくつも在って、稼働現場で既成概念化している硬直業務をほぐして再構築する道筋が浮かび上がったりする。
なので、定期的に「現場不義理の日」を設けて、ガラクタやゴミとされているモノの中からお宝を探し当てたいのだが、日常のリズムを止めて変則行動をとることは、口で言うほど簡単ではないし、管理者が権限をもって断行せねば、うわべだけのゴミ漁りになってしまう。
金庫の中にあるゴミ、ゴミ捨て場にあるお宝。
これはどの現場にも共通する事実なのだと思っている。
経験者は語る、というやつだ。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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