明けてメデタイ皆さま
たいしてメデタクナイ皆さま
そんなことはど~でもよい皆さま
本年もよろしくお願い申し上げます
ワタクシは暮れから本日に至るまでマッタク普段どおりの暮らしぶりであります。
こういう年末年始の数日間がもはや定番化しているわが家なのですが、「うちも同じじゃ」という読者の方もおいでかと思う次第です。
年賀状と暑中・残暑見舞・中元歳暮市場から撤退して30有余年。
おかげで盆暮の義理虚礼が皆無となり、世間様に比してのんびりできる時間が多くなった。
もともとお祭りなどの行事一般に興味がわかない性質なので、クリスマスから三が日にかけての国民的共通イベント10日間もとりたてて何かするということはない。
(数年前から近所の公園に初日の出を見に行くようになったのは大変節である)
読者諸氏の中には年始にあたり「今年の抱負」「年始の誓い」のように、何らかの決心をなさる方もいらっしゃると思うが、不肖ワタクシにはそのようなモノがマッタクない。
仕事ですらかなり嫌々に目標設定や進捗管理などを関与先に課しているものの、本音としては「ほんとうはもっといい加減でもよいけどなぁ」と内心つぶやいていることが多い。
なので未遂や未達事項について責めたりすることなど皆無なのだが、先様の担当者氏や管理者氏が「申し訳ありません」などと神妙に詫びられるもんだから、こちらとしても「ぜーんぜんダイジョーブ」とか返すわけにもゆかないのだ。
お相手がいい加減でテキトーならば、ワタクシも「だめだこりゃ。次いってみよう」とチョーさん風に返してみせるぐらいの心づもりはあるのだけれど、いかんせん生真面目な方が多くてそうもゆかぬ――「アンタこそもう少し真面目になったらどうだ」ときつめのお釣が返ってきそうななので、喉まで出かかった言葉をぐっとこらえている。
毎年のように「今年こそは○○するぞ」などと年始の誓い風の言葉を書いたり吐いたりしてきたが、正直言うと、翌日どころか数時間後にはすっかり忘れている。
なので「年始の誓い」を忘れないようにすることが「年始の誓い-1」となるべきで、それはもう鏡の無限反射に似た矛盾破綻になるので、、、
というようなしょーもないハナシで始めてしまった2025年。
本年もよろしくお願い申し上げます。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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