今年も酷暑の日々がやってきた。
エルニーニョ現象が6月で終わり、今季の台風発生数は例年並みになるらしい。
10月までは夏季と表現してしまいそうな気象の実態にうんざりしてしまう。
国土の大半が亜熱帯化。
そんな国で夏季に思考を深めたり、集中力を要する作業は無理がある。
オリンピックは何が何でもやるらしいが、今からでも遅くないので、
「やっぱりどー考えても、ごっつ暑っいから無理っすわ。文化の日に開会しますんで、世界中の皆はん、なにとぞよろしゅうお願い申し上げます。ホンマにホンマに頼んます」
と総理か官房長官かJOCのエライ人が大阪弁で真面目に変節すればどうかと思う。
今年の遅い入梅と直後から始まった連日の豪雨。地域によっては災害もしくは同等レベルの日もあった。風情も何もあったものではないので、梅雨という呼称は雨季に変更されるべきだ。
そして、水責めの次はいきなりの酷暑。併せて連日の熱帯夜。深部まで蓄熱したアスファルト地面とコンクリートの塊が夜間放熱を続ける。
すでに無抵抗で無気力なぼろぼろの泣きっ面を蜂が刺すような台風襲来。
しかしまだ、暴風雨による災害の見舞う盆過ぎの「残酷暑」と違和感だらけの「初秋」の数週間が後ろに控えている。
「何かになるための試練なのか?これではまるで修行ではないか」
と、まだ午前8時前なのに30℃を超えている温度計を見ながらグッタリしつつ、タメイキ交じりに「ウラメシヤ~」と愚痴をこぼす。
「生産性や効率なんてどーでもいい」とは言えないし、それをちゃんとするのが仕事なので、本能的な現実逃避衝動をぎりぎり我慢して、無理矢理正しい物流のハナシをしている。
「とにかく働きたくないし、出かけたくない」
なんてことは少しも思っていない。
暑気あたりでボーっとして、うっかり口を滑らせないように気をつけねばならない。
やっぱり、、、、、
大資本がなせる先進的な自動倉庫や労働環境の実現が「絵に描いた高価な餅」にしか見えない大多数の企業物流部門では、「夏場は夜間操業」がよいのではないかと思う。
熱帯夜の無風多湿庫内では、「涼しくって快適!」とまではいかないかもしれないが、酷暑に蒸し焼きされるような日中の環境よりははるかにましだろう。
当日の最終〆を20時にして、夜間から翌早朝までの作業完了分を午前か午後一番に集荷。
運送会社との申し合わせで実現可能なら、入荷品の配送車が出荷予定品をそのまま積み込む。
みたいな「半日もしくは1/3日ずらし」を導入するにあたっての、顧客や取引先の理解を得る努力ならすぐに取り掛かれるはずだ。
ついでというわけではないが、会社全体もサマータイムを導入して、早朝出社・夕方退社を行えばより良い気がする。早朝の時間帯に現場と本社事務のやり取りが可能にもなる。
ざっとした例えで恐縮だが、ずらしシフト対象の現場作業スタッフは17時から翌日12時のあいだに勤務時間を設定する。既存の三交代、二交代制と異なるのは、午後は日没間際まで誰も通常作業しないところ。運用によっては午前中の荷受と入荷作業のみ行う可能性ならあり得る。検品や棚振り等は夜間に回されるので、軽作業と事務処理だけを行う。
予算の問題が大きいが、例えば日本通運の「既存倉庫でも実現可能な自動化技術」をお手本として、その発想を日中に転用するのも一つの考え方だと思う。
特に夏季日中の庫内では、機械が自動操業するのみでよしとする割切りに夜間の人間さまの働く時間を組合せてやればでうまくいきそうではないか。
昼間は機械、夜は人間。
時代が変わったからではない。気候が変わったのだ。
生活スタイルや価値観が多様化し続けるので、労働も余暇も既存制度の踏襲や伸縮で済ませるようなステレオタイプの運用はもはや通じない。
新しい「場」と「機会」を設ければ、それに応じる声は少なくないはずだ。
あくまで今後の現場運用を仮想しているハナシなので、実運用にあたってはいくつかの課題や無理もある。
通常午前8時や9時から8時間程度の労働時間を基本とするスタッフのうち、いったいどのぐらいの割合で夏季限定の変則シフトに対応できるのだろうか?などである。家族構成とその生活スタイルによっては到底不可能な人員も少なくないはず。全部移行ではなく、業務の時差処理も選択肢のひとつに加えることは必要条件となってくる。
どういう運用なら実現可能なのかを考えなければならない。
今年も含め、もはや「異常気象」という評論や嘆きは不要。
これがあたりまえ、と腹をくくるしかない。
少子高齢化による労働人口の減少。
現業忌避による雇用難と人件費の上昇。
経済成熟化と消費縮小による物流コストの削減欲求。
という三重苦にもう一丁追加!
「よろこんで!」
と威勢の良い居酒屋の店員さんみたいな呼応をやせ我慢で泣き笑いしながらやってみる。
のは何かの足しにならんもんだろうか。
前回、「普通の物流」という言葉で示したとおり、コスト負担者であるユーザーは多くを求めない代わりに多くを負担しない時代になった。
「より安く・より良く」は誰も否定しない。しかし、それを懸命に検索し、どん欲に見比べて「秀でてお得な選択」をしようとする労力や情熱は、消費行動の中で小さくなってゆく。
求めない者に何を勧めるのか。
求めない者にどんな物流サービスを提供すればよいのか。
求めない者の潜在ニーズの具体的内容とは?
まるで禅問答のような遣り取りが続く。
視えているのに掬い取れない浮遊物を消費者ニーズとするなら、最も具体的な投げかけと反応を得やすいのは物流サービスであることも事実。
「これぐらい」「まあまあ」はどんな資材でどんな梱包仕上げなのか?
及第点のとれる配送サービスの下限とは?
そんな試行錯誤の日々が続くかもしれない。
「何も反応がない」「何も起こらない」は「満足しているのかどうかわからない」「不満を持っているが、わざわざ伝えてはこない」「リピートする・しない、だけが満足度の指標ではないはず」のようないくつかに分岐する仮想を描かせる。
気象変化のもたらす労働環境の悪化。
しかし、それを逆手に取るつもりで、現場のさまざまな既成事実を変えてみる。
変える過程で新しい価値やサービスが生まれる可能性もある。
「なぜこのサービスを導入したのか」
それを消費者に向けて発信するつもりで、ごまかしや中途半端を排除する。
共感や好意を抱いてもらうことが目的ではない。
理解を得ることこそが重要なのだ。
発信されている説明を、理解して納得して買う。
そして想像したとおりの品物が説明のとおりの梱包と配送で届く。
「普通だな」
そんな無言の意識を平均値にすえた事業構築も一考の価値があるのでは?
「働く時間」のあれこれを考えつつ、なんとなく確信に近い思いがよぎった。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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