先日、とある企業の物流本部長から電話があった。
素朴な疑問と質問だったのだが、内容をかいつまめば、
自社の属する業界団体から運送に関するアンケート依頼が届いたので早速回答を、と中身を読み始めると「運送契約について」が第一の問いになっている。
そもそも路線便にしても個配便にしても、長年にわたり見積やタリフは何度も更新されてきたものの、一般的な契約書的書面は交わしたことがない。本社の管理部門に確認してもそのような書類は保管しておらず、契約書への代表者印の押印記録もない。
値上・値下の交渉記録とその結果の確定金額が記載された見積書は残っているが、金額以前の運送基本契約的な書面がない――のような現状なので、アンケートの冒頭で「契約書はない」を選択するほかなく、続く各項目への回答資格がなくなってしまった。
業界団体的には「運送契約書があるはずだ」という前提でアンケート作成しているらしく、わが社は想定外の事業者に該当するのか、という不安感が否めなかった。
はたして他社はきっちり運送契約を交わしているのか?
というものだった。
本部長の疑問はもっともだ。
つい最近まで運送事業者は事業規模の大小を問わず「運送委託基本契約書」を交わさずに、見積→合意→業務開始、という段取りで仕事を始めることが常態化していた。
そんな現状を認識しているか否かの別なく、今に至ってもそのままという企業は多い。具体的な統計不在なので、あくまで私見に過ぎないが、企業単位ではなく個別契約の延べ数を対象に統計を取れば、過半どころか既存運送委託の70%以上が「委託契約書無し」だと思う。
言うまでもなく基本的な契約書がなくとも法律上の契約は成立しているので、建前的には取引自体になんらかの支障が顕在化するわけではない。
通常業務が見積どおりに執り行われている限りは、荷主・運送業者の双方ともに契約書がないことへの違和感や危惧を抱くこと稀であり、日々そのままに過ぎて、今や数十年。
というのが最多実態ではないかと思う。
荷主の「運送業務?ホンネを言えば、金額以外には興味なし」の因果として「基本契約なしでも気にならなかった」が発せられているのだろう。
昨今ではコンプライアンス徹底の号令のもと、上場企業から順に契約書の更改更新や作成がせっせとなされているようだが、その進捗具合や実施比率を総括する資料はない。
けっこうな事業規模で管理部門は事務手続きに厳密な企業であっても、運送関連の契約書や業務委託内容の詳細に誰も手を入れようとしないし、それ以前に課題化されてこなかった。
なので今後は上記のような「素朴な疑問」的なアンケートによる情報収集と統計化によって、少しずつではあるが運送契約の実態が数値化可視化されるだろう、、、たぶん。
少なくともノストラダムス的滑稽さで騒がしい2024年問題とかいうマッチポンプ的寸劇より、基本業務の契約行為を正常化させるほうが優先順位としてははるかに高いはずだ。
待遇改善、特に労務のお粗末さを修正すれば他業界同様の「人が足らんので今後は労働力の確保が難しくなるのじゃ」という国家的構造リスクしか残らない――つまり不可避で不可抗力的要素をゼロにできない2024年コワイコワイハナシ以前に、他業界が契約時に行う通常作法を遅ればせながらやろうよ、のほうがすぐにできるし、それなりの結果も付いてくる。
(2024年問題への対処については過去稿でたくさん書いているのでご参照ください)
「運送委託基本契約書」についてはネット上でも定型書式が簡単に入手できる。
相手あることなので即座に理屈や正論が通じるとは限らないが、「契約弱者を嘆く前に、できることはたくさんありますよ」と運送事業者の経営者諸氏には申し上げたい。
過去にさんざん書いたとおり、地道な既存顧客の囲い込みと新規開拓に加え、契約内容の健全化や適正な運賃契約確保のために必要な行動項目を「うちは死に物狂いでやっている」と胸を張れるなら、貴社は必ず報われる。少なくとも私の知る限りはそうなっている。
諦めなければならぬほどやり尽くしたのですか?
そう問うてみたくなる事業者は多い。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。