物流よもやま話 Blog

むかしむかしあるところに

カテゴリ: 実態

本稿は昔ばなし風のフィクションである。
なお、登場する企業や人物は実在しないことになっている旨、悪しからずお断りしておく。

とある飲食チェーン運営企業がある。
創業会社から派生して次々に新しい食分野の屋号を生み出し続け、やがてグループの事業会社数は二桁となり、それらが展開する店舗数の合計は1000を優に超えるようになった。
出店ラッシュによる業績躍進の全盛期にはまさに“時代の寵児”というにふさわしい存在であったし、大袈裟に言えば外食が生活インフラ化してゆくような流れを作り出していた。

前述の全盛期には、創業者たるグループ総裁のもと、全屋号の運営会社のトップ達が一堂に会する経営会議が毎月開催されていた。
例会では財務状況や労務管理、出店計画と進捗報告、原材料調達、設備関係、、、などの概略報告と質疑応答が分刻みで流れてゆく。月例報告の後、屋号ごとの業態や地域などによって発生する課題や特殊事情、運営事故やトラブル事例などが持ち寄られ、それについての質疑応答などを経て、会議内容のすべてがグループ内で共有されるのが常である。

その日の経営会議も特段の問題ないままに終わろうとしていた。最後の議題が終り、閉会が告げられようとするその間際、グループの管理統括たる上席役員から「そういえば、ちょっと気になっているんだけど」と切り出された。
以下はその一連のやり取りである。

管理統括:AとB(いずれも屋号)でビン飲料の破損が多いらしいけど、他はどうなのかな?
C屋号社長:そういえばうちも毎月そこそこありますねぇ
D屋号社長:ビン類ってそんなに出るか?
A屋号社長:Dみたいに若年層と子供連れ女性客が多いとビンよりもドリンクバーだからね
管理統括:手元に報告明細がないから何とも言えないけど、どこで破損するの?ホールで?
E屋号社長:それもありますし、保管場所から冷蔵庫に移動する際にワゴンやお盆から落下も
B屋号社長:お皿やカップ・グラス類も落下破損が減りません。各店で防止努力はしてますが
F屋号社長:ワゴンのキャスター劣化やバックヤードから厨房へのちょっとした段差で、、、
G屋号社長:うちもドリンクバーが大半なのでビン類はビールとワインぐらいだけど、、、
C屋号社長:でもやっぱりあるでしょう、割れたりラベル破損したり
G屋号社長:そうみたいですねぇ。次の店長会議で再確認してみますが
管理統括:しかしなぁ、そんなに落したり倒したりするもんかねぇ?
複数屋号社長:いやいや、それがけっこうあるんですよ
A屋号社長:店長はバイト教育以外にもやることが多いので、品出しの監視までは
G屋号社長:お客様が倒して落下破損した場合は、やはり新しいものに取り替えますから
複数屋号社長:そうそう
F屋号社長:そりゃそうするべきだし、お客様だって恐縮しつつも喜んでくださるしね
管理統括:まぁ破損廃棄引当の枠内に収まっていることがほとんどなんだけど
C屋号社長:とはいえ、やはり破損防止、経費削減の徹底は言わずもがなです
管理統括:そのとおりですな。ではこの件各社詳細調査と防止策の再徹底を図り来月の、
創業社長:飲んでるんじゃないの?
全出席者:えっ!

会議中はめったに口を挟まないグループ総裁たる創業社長の鶴の一声。
出席者全員が一斉に創業者に向き直り、同時に固まって微動だにしなくなった。

創業社長:なにが「えっ!」だ
管理統括:飲んでるって、、、誰がですか?
創業社長:店長とその上司やそのまた上司に決まってる。エライ方が店に来た時、だろうよ
創業社長:ビンがそんなに割れるもんか。調べりゃわかるがたぶんビールばっかりだろ
創業社長:そろいもそろってすっとぼけたハナシを延々とよくもまぁ
管理統括:皆さんどうなんですか?どなたか発言してください
創業社長:いいよ言わなくて。しかしまぁ、どいつもこいつも白々しいこと甚だしいわな

そして創業者は憮然としつつも怒気なく話し始めた。
「別に飲んだっていいよ。普段から本当によくやってもらっているんだから、ビールやワインぐらい息抜きに飲んでも構わないよ。もちろん自腹切れなんて言わないよ。
そもそもうちの店長連中は独断で店の売り物に手を付けたりしない。店長室で売り物の栓を抜けるのは、役員同席の時に決まってるよ。で、事後処理は役員自腹でも交際費でもなく、毎月引き当てがある破損廃棄予算となるわけだ」
全屋号社長沈黙かつ俯き静止。
さらに創業者の言葉は続く。
「Xさん(管理統括)な。来月から役員決裁で会議会食か福利厚生費に店長裁量の飲食費を認めるようにしておくれ。額については任せるけど、ある程度はみてやってよ。役員が店長をねぎらいたい気持ちもわからんではないし、その場で手短に始められるから、ついつい毎度のことになるんだろう。それならそうと認めてしまえばよいだけだ」
管理統括:かしこまりました。各社相談の上決定してご報告いたします
創業社長:たぶんアルコール類の破損額が激減するから、収支は変わらんよ、きっと

のようなツクリバナシを夢で見たのか、誰かから聞いたのかは定かでない。
しかしながら、事態の本質は物流現場に通じるのではないかと思う。
どこの会社にも破損し続ける「ビン飲料のようなモノ」はあるだろうし、歴代役職者が黙認黙殺し続けて久しい「のようなモノ」が脳裏に浮かんでいるのは今これを読んでいる貴方に限ったハナシではないと不肖ワタクシは思っているのであります。

他社や他者のハナシを見聞きするぶんには、誰もが「そんなアホな」と一笑に付す。
しかし、いざ自社や自分事となるとそうはゆかぬのが世の常だ。
私が夢で見たヘンテコリンな喜劇が、どこかの物流現場や本部で演じられているかもしれぬ。

はたして貴社や貴殿はビールを本当に破損しているのか、はたまた飲んでいるのか。
もしそうだとしたら、ウヤムヤや誤魔化しの連帯に「喝!」と声をあげるのは誰なのか。

「そんなツクリバナシのような茶番が実際にあるのなら」という仮定の問いではありますが。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

最近の記事

アーカイブ

カテゴリ

お問い合わせ Contact

ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。

お問い合わせフォーム