倉庫会社や関連する各種業務を無料で紹介斡旋するサービスが台頭して10年ぐらいだろうか。
あまり興味はないのだが、起業当初からの彼等を知る身としては素直に喜べない現状がある。
その理由は、床と作業に利益をのせて「物流サービス」を売って飯を食っている物流会社が、物流コスト削減のコンサルティングをするという二律背反と同様の矛盾を強く感じるからで、情報の受け手である企業はいったいどういう選別眼をもって読み解いているのだろう?という大きな疑問符が浮かぶ。
マッチポンプ、という言葉がある。(若い方は聞きなれないか?)
字のごとく「火を点けて、水をかけて消す」だ。
簡単にいうと「あおっておいてなだめにはいる」お寒い手法だが、大昔からなくならない。
吉本新喜劇や漫才やコントなどでは定番なので、テレビ番組なら無防備に笑えるが、業界内の大きな勢力となっているなどと聞けばそうもいかない。
笑顔になれる要素がどこにもないからだ。
利益相反を逆手にとるような商売は評価しない。
俗に言う「立ち位置」のハナシをしている。
こう書くのだから、弊社のハナシからしなければならないと思うのだが、WEBの各ページ内で明確に「荷主企業側に立った物流サポート」を幾つかの表現で謳っているし、その具体的なサービス内容と標準コストも開示している。
それ以外の業務はしない。
関与する協力会社とのあいだにマージンが発生するような商流は排除している。
「物流を必要とする一般事業会社のミカタ」ということだ。
たとえば弁護士は被告と原告双方の弁護はできない。
「倫理規定」というのがあって、違反するとバッジを返さなければならない。
不動産屋には倫理規定にあたるものがないので、利益相反する貸し手と借り手、売り手と買い手の双方に手もみしながらすり寄り、契約までこぎつけてうまくいけば倍付けの「手数料」を得る。賃貸であろうと売買であろうと、当事者の損得よりも「決める」ことが最優先される。彼らの言葉では「折合いを付ける」という。
それに似たような商売は世の中に山ほどある。
いずれも「情報斡旋」もしくは「情報販売」であり、「当事者たちのその後」については一切の責任を負わないし、そんなことに興味もないらしい。
目的は情報を換金することであり、リクルート以来の似たような起業家が絶えることはない。
ここで訴えたいのは、情報提供者側の運営体質や誘導スキームの問題ではなく、その情報を閲覧・利用する側の意識や判断基準の有無が重要だということ。
誰のためのどんな情報で、それはどのような基準で掲示されているのか?
「さまざまな選択肢」という言葉にもたれかかっていないのか?
そもそもが、各事業会社の物流改善や業務委託に複数の選択肢が必要なはずない。
なぜなら「我社の必要とするサービスとその内容、そしてコスト」をきちんと把握し算出できていることが、ことの始まりであるべきなのだから。
少し戻って、サービスや情報の提供者側のハナシに。
以下、簡易に記す。
まずは物流会社。
自社の運営する倉庫で企業の物流業務を請け負う。床コストと労務費用を含む人件費、水道光熱費やその他諸雑費の総額に利益をのせて請求する。その利益で会社は存続している。原価開示などするはずがないし、その必要もない。
で、全く同じ物流会社が同じ口の同じ舌で「物流コンサルティング」を謳う。業務品質向上やらミス防止策の提案程度なら理解の範囲内だが、「物流コスト削減」とか言い出すと、もはや「???」となってしまう。
物流コストを削減されて困るのは他でもない自分たちであるのに、コスト削減を声高に謳う。現在の寄託元が疑うことなく毎月の請求を通してくれるからこそ成り立っているし、社員に給与や賞与を払い、福利厚生の維持、社員旅行にも行ける。事業会社が本気で物流コストをカットする知恵と技術を身につけることは、現在の収益を失うに等しいのだとわかっていないのだろうか?
「もし裸原価を計算の上、請求各項目のすべてに荷主からの検証が入ったら」
という場面を、たまには夢で見てうなされてほしい。
ちなみに今後は夢ですまなくなる可能性が高いが。
それから物流情報の提供サービス会社。
倉庫会社と企業のマッチング。
運送会社と企業のマッチング。
システム会社と企業のマッチング。
こう書けば体裁が良いが、要は大昔からある「お見合いサービス」と中身は同じ。
男と女、挙式予定者と結婚式場、企業と税理士、トラブル当事者と弁護士、余命告知された患者の家族と葬儀会社、加入希望者と保険会社、転居予定者と引越会社。
各サービスの出自を探れば、そのほとんどが前出のリクルートに行き着く。数多の情報サービスを創出してきた功罪を論じる立場ではないが、至れり尽くせりのサービスと引き換えに、違和感のような後味が残るのは私だけなのだろうか。
巷にはこの類のサービスがたくさんある。
便利かもしれないが、一括検索する段階で自らの判断基準を幾つか放擲しているともいえる。
便利と引き換えに思考の初動を棄てている。
情報に対する選別や警戒の基準を持つことは自己責任の基本なのだが、コンビニ弁当的な羅列された情報のタダ飯がいとも簡単に食えるので、その段階で前提条件として固定してしまう。チェックボックスをクリックした数が「いろいろな企業を選別して検討した結果」のスタートとなる。入店したコンビニのタダ飯が物流情報のすべてとなっていることに気付いていない。
他のマッチングサービスと同様、申込者は完全に無料でたくさんの会社に接触できる。
物流サービスを探している企業からの「見積希望」申し込み先に選ばれた物流会社は、ゲーム会場への入場料を支払い、恋焦がれた相手と対面する。
同じようにゲームに参加することになったライバルたちに打ち勝ち、めでたく成約までたどり着いた暁には、相応の手数料を胴元に支払って、あてがわれた見合い相手と結婚できる。
物流情報サービスという名の賭場は入場無料なのだが、ひとたび誰かとゲームをしたくなったら、物流関連の登録企業はすべて有料。荷主や発注者と呼ばれる企業は最後まですべて無料。
全て無料なのに、有料の入場者より扱いが格段良い。
礼金や敷金や手数料、その後の毎月の家賃を支払う「借主」を適当にあしらい、御大尽気取りの「貸主」に気色悪い作り笑いで体をクネクネさせながら愛想を言う不動産屋と似ている。
物流の素人だからこその発想と切り口でサービス提供できる反面、客観的な判断基準を持たないので、登録企業の情報発信には独自の「評価や分類」の要素がなく、全部広告に近い。
つまり登録するだけなら無料の成功報酬型広告というのが実態。
そのスキームを批判しているのではない。
中立を保てるような知識や業務品質の精査・検証力を持たずに、情報ブローカーとして割り切った運営をするということは、利用者側なのか登録している物流関連企業側なのかが曖昧になるのではないか。また、発信内容も総花的で八方美人にならざるを得ないだろうから、結局はすべて「自己判断」という利用者のリスクになる。
つまり、中立ではないがどちら側でもないという奇妙な立場を維持している。
利用者である事業会社は、あくまでもそのサービスの囲いの中で各登録企業の自己申告情報を得ることができる。
それ以上でも以下でもなく、情報の質や自社業務との適性については、すべて自ら考えて選択し決定しなければならない。
普通に検索しても同様のリスクはあるが、キーワードの選定などをする過程で、情報選別基準のハードルが上がる。情報入手の手間や試行錯誤は、結果的にサービス内容の吟味や取捨選択の「辛い判断力」を培わせる。
それを面倒と考えるのであれば、マッチングサービスの利用者として好適なのだといえる
以前は信頼できる相手からの紹介で様々なサービスや提携が行われていた。良い会社の紹介先は良い会社、という好循環の連鎖を誰もが認めていたし、それは今でも変わらないはず。いつからか「紹介」に「業」や「サービス」がついて、WEBという利器に乗じて拡大した。
温故知新というわけではないが、以前の紹介には二つの優れた点があった。
そのひとつは、紹介者は完全な好意と誠意のもと、依頼者の利益を勘案して紹介する相手を口にしていた。
紹介の動機に利害はなく、相手のためになる企業やサービスを慎重に選んで推した。
ふたつめは正反対で、完全に利害が動機となるパターン。
依頼者の業績が拡大すれば、自分も潤うもしくはより関係が濃密になる。依頼者の明日は自分たちのそれと同じ。ゆえに自分のために紹介先を選ぶ。好適な紹介先を選ぶということは、自分たちの将来を明るくすることにつながる。ある意味最も真剣で厳しい判断のもとに選定が行われる。
「君はどの立場でものを言っているんだ」
若い頃、いろいろな会社のトップから叱責された。
無難でどっちつかずの返答にはもれなく厳しい言葉が返ってきた。
誰が誰のためにどんな行動をして、どんな利益と環境が生まれるのか。
それを明快単純に説明できないと次の商談はなかった。
当時はしんどくて泣きそうな毎日だったが、今となっては感謝しかない。
「向き合ってとことん」「並び立ってともに」こそが仕事の基本と信じる私は時代遅れなのかもしれない。
しかし、利便や効率よりも優先されるものがあるのでは?
そんな独り言を今日もつぶやいている。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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