人手不足なのに給料が上がらないのはなぜですか?
というきわめてまともで単純な質問を受けたのは先々週のこと。
読者諸氏ご承知のとおり、その回答は「卵と鶏」のハナシから始めて、「だからデフレーションからスタグフレーションと移り変わるのですよ」という毎度の〆となる。
「給料が安いから安い物しか買えない。安いものを売ろうとすると安い給料しか払えない」
という悪循環になることなど今さら拙者が説明するまでもないだろう。
「世界有数の技術開発力がある国で、かつ先進国中ずば抜けて物価が安い国で、かつずば抜けて治安が良い国」という姿を目指すというのはどうなのだ?と常々妄想する。
そんなシャングリラ的国家構想の起承転結を淀みなく語ることなどワタクシの能力では及ばないが、政治家やそのブレーンたちの中にいないもんかと呟くように独り言ちたりする。
ただしワタクシ的理想郷は「低賃金でもモンダイなく暮らせる」という特長以外は現状維持なので、社会主義化や共産主義化とは別物である。くれぐれも混同や誤解なきよう。
チャレンジしてはしくじり続ける「適正なインフレ誘導とそれを支える可処分所得を実現する賃金増」という政策には見切りをつけ、低所得ながらそこそこに豊かでそこそこに平和な国となるべく、国を挙げての制度設計――には検討の余地がまったくないのかと思うばかりだ。
なぜこんなことを書くのかというと、物流現場に携わる人々の日常を観察したり聴取したりするたびに「皆さんけっこうシアワセ度が高いなぁ」と感じるからだ。
誤解と不評を恐れずに書くが、非正社員の現場スタッフや専門職化して社内でのポスト争いには無縁の社員のほうが、幹部候補や管理職たちよりも穏やかで確からしい暮らしぶりをしていることが多いようにうかがえて仕方ないのだ。
そもそも多くの企業人の内に根ざしている「生活コストの多寡=暮らし方の優劣」に類する潜在意識はいったいどこからやってきたのだろうか。
○×式や点数による相対評価の先に待ち受けていた精神的貧困や多様な価値観の存在に気付くことすらできない極端な視野狭窄――それらが生み出す思い込みや勘違いや錯誤を母とする異物の成れの果てではないのかと感じて止まぬ。
なぜそのような感想を抱くようになったのか?
それは他社での他業務や社内他部署で成果の出なかった人材が、私の関与する物流現場では今や主力として活躍している事例多し、という事実が契機となっている。言うまでもなくひとえに管理者の腕前に因るものなのだが、前述したとおり当の管理者よりもイキイキと充実しているように見える一般職やパート雇用のスタッフが多いのは不思議だ。
最低限のマナーや業務ルール順守ぐらいまでが共通事項で、時間外の過ごし方や趣味がそれぞれに多種多彩でユニークだ。人によっては本業を別に有していたりもする。そして多くの「非管理層」「非正規雇用者」は軽快で単純な言動が目立つし、その立居振舞には笑いやおどけるような身振りが多いような気がしてならない。
書いているうちに思いだしたハナシがある。
もはや大昔の体験談なので恐縮だが、退職自衛官の再就職先を斡旋する団体の方と面談したことがあった。聴けばそのようなサポート組織はいくつかあって、私が面談した方の属する組織が最大規模なのだという説明だった。
その時に知った事実としては、関東エリアでは入隊3年未満での退職者がもっとも多く、退職願が大量に提出されるのは「富士の裾野の一斉演習後」なのだとか。詳細な内容は失念してしまったが、相当に過酷で辛い内容らしい。特に入隊一年目の初体験者には耐え難い辛苦であり、自信喪失や先への絶望感に苛まれる隊員も少なくないとのことだった。
未成年や成人して間もない若年層が入隊して一年未満で除隊してゆくことは、組織としての社会的責任を問われる事態でもあるので、その後の人生を始めるためのサポートを行っているのだという内容が主旨だったと記憶している。
「とりあえずの頭数を揃えるための勧誘が過ぎるのでは?」と過ったが、絶対人数を必要とする自衛隊の組織構成を考えれば、募集と採用の短絡化はやむを得ないとも思えた。
このハナシで特筆すべきは、全部が全部ではないにしても、斡旋した再就職先で予想以上の評価を得て、自衛隊退職時には俯いて伏し目がちだった暗い顔が、自信にあふれた表情に一変している、という事例が少なからずあるというくだりだ。
民間企業ではあり得ないほどの挨拶の徹底や言葉遣い、さらには指示を受けての素早い行動姿勢が、物流や生産現場では高い評価を得る一因となる、には何度も頷いたものだった。
若くて体力に溢れた人材が退職自衛官には数多くいる、は過去のハナシではない。
つまり現場戦力としてはこの上ない体力と行動力の持ち主の宝庫なのだ。
おそらくは「もはやあんまり若くない」人材でも、そこらの運動選手並みの体力や運動能力を有していそうなので、まずは現場作業から始めてもらうにふさわしいかもしれない。
自衛官時代同様にたいして高くない所得かもしれないが、ぬかるみをホフクゼンシンしたり、鉄砲を抱えて走ったり跳んだりたまに撃ったり、のような過酷さはない。
鬼のような速度と馬力でピッキングなどすれば、「おぉ~」と驚愕まじりの称賛を得られること間違いないし、コンテナのデバンニング時にはおそらくきっと英雄扱いされるだろう。
私の関与する現場での実話だが、社会人運動部の面々が物流現場で業務に就くと、その体力に物言わせる処理能力に驚愕し称賛する言葉が数多く与えられる。書類仕事の不得手や作業精度(たとえば誤ピック頻度など)を憂う声もあるにはあるが、それは補完する仕組や熟練人材との組み合わせでいかんともなる。まさに管理者の腕のみせどころである。
不得手なことをさせない配置や指示によって、頼もしい戦力を得られることは魅力的だし、今後のわが国では貴重な事例となるはずだ。
少子高齢化の人口動態は今後も不可避であるなら、未就業者や潜在的業務適応者の掘り起こしに躍起となるべきなのは言うまでもないことだろう。
「人がいない」と嘆く前に、人材を探すことへの執着や貪欲さを自身に課して追求することを続けているのか?と自問することは、事業者共通の基本事項だと考えている。
求職側と求人側がお互いの存在を知らぬまま模索や迷走といった苦労しているという不幸な事態が少しでも減ればうれしい限りだ。適材適所のお手本となるマッチングを数多く得るためにも、人材情報は幅広く検索していただきたいと切に願う。
退職自衛官の事例はほんの一部に過ぎないはず。
埋もれてくすぶっている「わが社にピッタリの人」は思う以上に数多くいる。
と信じて動いてみてはいかがだろうか。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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