物流よもやま話 Blog

ヒルヤスミ問題が浮き彫りにすること

カテゴリ: 経営

先週の掲載で割愛したハナシなので、承前としておく。

前掲ではヒルヤスミ無しの通し勤務や2時間以上の昼休憩を挟む勤務形態のハナシをした。
ヒルヤスミの問題はヒルメシのそれと表裏一体なので、勤務形態の多様化はヒルメシ問題に大きな影響を及ぼすのだと書いた。今や各地の物流や製造の現場で、個々の事情による一進一退を繰り返しながらも、拡がりをみせているようだ。

しかしそんな気配を感じさせない現場も少なからずある。本人の希望があれば6時間連続勤務や1時間以上の休憩時間を認めているにもかかわらず、と聞く。
それは「安くて美味い社食がある現場」に特有の傾向となっている。
つまり「おトク」なのだ。調理も洗い物も無用で、安くて速くて美味い社食を利用すること以上のお得感は見当たらず、恵まれた福利厚生の享受こそが労働対価を高める術のひとつ。
もっとも実際は、時間と手間とコストを総合的に考え比較したうえでの選好というわけではなく、肌感覚で「これはお得だなぁ」と判じていると思われる。

いうまでもなく社食完備の現場は圧倒的に少ない。何を隠そう、これを書いている本人もそのような結構な施設がある現場での就労経験はない。
なので今でも「一度でいいから社食のあるような本社や現場を有するような企業で働いてみたかった」としみじみ思う。過去に数度の経験ながら、いくつかの名だたる企業の社食で昼食をいただいた際には、あまりの安さと内容の充実に感動と驚愕と畏怖を覚えた。大企業すげぇ。老舗企業さすがぁ。新鋭のベンチャーやるなぁ。。。と感じ入りつつパクパクしたのだ。

「これで260円って…」というのは、まだ20代だった頃に初めて大企業の社食で食べた際の思い出だが、そのあとも何度か似たような経験をした。もちろん大手企業の自社物流倉庫でも同様の感想を抱くことしきりなのだが、この数年来は社食などの福利厚生施設の縮小改廃が増加している。したがって、充実していたメニューや低価格にも変更が目立つようになった。
利用者たる従業員目線では改悪となるが、会社が委託している社食運営業者も経営が厳しい。かといって委託運営費の大幅な値上げを呑むほどの余裕はどの企業にもない。
拠点間格差(本社には社食があるが、支社には無いなど)の問題もあって、地方部の現場以外では社食は廃止される傾向にあるようだ。世知辛いが内実を知れば頷けることばかりで、これも時勢というまとめ方しか思い浮かばない。

社食といえば、忘れられない思い出がある。
それは若かりし頃、訳あって心身のリハビリを兼ねての旅に出た時に見聞きしたハナシだ。
航空機以外は宿も乗り物も出たとこ勝負で欧米8か国を2か月足らずで放浪するという超貧乏旅行だったが、途中2か所の訪問先だけは決まっていた。予め定めておいた2か所とはイギリスとドイツのとある田舎町にある日本の老舗企業の工場。いずれの町にもその工場に本社から派遣されてきた管理者とその配偶者以外には日本人はいない、という状況だった。

ふたつの訪問先のうち、ドイツにある工場で見聞きしたハナシの中で最も印象的だったのが先週と今週のテーマとなっているヒルヤスミとヒルメシの問題についてだった。
今から30年以上前ながら、ドイツでは労働時間短縮の法整備が進みつつあり、その工場も1日6時間勤務が徹底されていた。なので近隣在住が大多数を占める従業員たちは、9時か10時に出勤し、15分程度の休憩を挟むだけで、退勤時間の15時か16時まで働いて1日の労働を終える。労務法制が変更される以前は、わざわざ自動車で帰宅して、慌ただしく昼食を摂り、午後の始業時間間際に工場到着、という毎日だったのだとか。しかし6時間通しの労働制度が導入されたためにヒルヤスミとヒルメシ問題は解消したので、実に時間効率が良くなった。
というのが日本人管理者氏から聞かされたハナシの前半だった。

彼が赴任してしばらくの間は、その仕組の合理性に頷くことしきりだったが、だんだんと違和感が強まっていく。その理由はほとんどの連絡事項が文章で済むゆえ、10分以上かかる打ち合わせなども皆無に近い。つまり管理者や従業員の間に会話がほとんどないのである。朝夕の挨拶でしか各自の声を聞かない日も珍しくない。
日本人管理者氏は「これでいいのだろうか」と考えるようになる。
ヒルヤスミがないことでちょっとした世間話的な会話がない。かといって昼休憩を再び設けても、皆が一斉にヒルメシ帰宅し、午後の始業ギリギリに帰社する。つまり会話の入り込む余地はあまりない。始業前と終業後も滞在時間は数分単位。いったいどうすればいいのだ、、、と途方に暮れる毎日だった。
ところがある日の終業後に声掛けした女性従業員との会話の中にひらめきの種があった。その会話の中身とは「日本食はドイツでも人気で、わが家も家族全員が大好物だ。少し離れた大きな街では和食店や日本食材が買える小売店がある。しかしいずれも高額なので、庶民には手が届かないものが多く、和食のメニューは高嶺の花なのだ」というものであった。

この先の展開は言わずもがなだろう。
彼は即座に本社に掛け合って、簡易な社食を設けた。といっても30人程度の従業員食堂なので、月水金の隔日営業で、調理は近在の退職者数名をパート採用して、簡単なレシピを教えて日替わりメニューを賄うというものだ。厨房器具や食堂備品は中古で揃え、調味料や一部の食材は日本からまとめて送ってもらった。
で、焼き飯やオムライスや筑前煮やコロッケやカレーライスや肉じゃが、さらにはドイツなのにハンバーグやソーセージエッグ定食などをザワークラフトと共に提供した。
結果は大好評で、移動時間なしで安くて速くて美味い食事にありつける社食の合理性は、ドイツ人スタッフの舌と価値観に見事合致したのだった。開始後まもなくして、ほぼ全員の強い要望によって、従業員の家族まで社食で昼食を摂るようになり、結果としては大いなる福利厚生となった。もちろん会社負担は増加したが、得られたものはそれ以上だったと管理者氏は笑顔で説明していた。

社食のハナシはヒルヤスミ問題を考える際の一例に過ぎない。漠然とした予感ながらも、今後は従来あたりまえであった福利厚生のいくつかは厳しい状況に見舞われるだろう。
ただ、ドイツの小さな工場で働く人々が日本風の社員食堂を絶賛したエピソードを掘り下げれば、いくつかの大切なもの・無くしてはならぬものが浮き彫りになるような気がする。
それは企業だけでなく地域社会の今後に通じることなのかもしれない。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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