物流よもやま話 Blog

忘れられない応募者-マルチワーカー

カテゴリ: 余談

「うちは年がら年中求人広告を出している」
という倉庫現場ばかりではないだろうが、各業種の中でも、倉庫スタッフの求人は頻度が高い部類に属するのではないかと想像している。
私自身の経験上でも、全拠点が「今週は求人広告なし」なんていう状態だった記憶がないし、むしろ「どこかの営業所が求人を出していてあたりまえ」という感覚が定着してしまっていたように思う。
正社員の面接なら数え切れぬほどしてきたが、倉庫現場のパートやアルバイトさん対象の経験は皆無だった。したがって、いつも営業所長や現場社員などから「面接よもやま話」ともいえる出来事ややり取りの中身を聴くのだが、それが強烈な内容だったり、奇妙だったり、考えさせられる内容だったりするのは珍しくないことだった。

コロナ禍による業務時間削減による雇用減少が後押しとなって、ダブルワークの拡がりに拍車がかかっている。正社員対象の「副業容認」もしくは「副業推奨」は、「雇用=専らの忠誠に基づく勤労」という旧態依然とした多くの企業群の価値観を揺るがしている。「しんどくなったから、今までみたいなエエかっこはやめますわ」のごとく、生活保証型賃金ともいえる専従雇用を廃止し、「ここまでしか面倒見ませんから、あとは自分で何とかしてください」と雇用に関する自社完結努力を放棄したともいえる。

おそらくだが、この流れは拡がり続けて、やがて労働市場を席巻することになるだろう。なぜなら中小零細企業にとっては選択の余地などない最有効な手法であり、それは正規・非正規といった雇用接頭語の無用化を意味している。
―――なんてことを毎度書くたびに、思いだすのは「超人的マルチワークの母」のことだ。
今現在のダブルワーク増加世相のはるか以前、もはやそういったことを実践しているツワモノたちは大勢いた。
昨今のコラム記事などには、「生きかた」や「働きかた」「時間のつかいかた」という着地へと導くハナシが多いのだが、始まりは「生活費を稼ぐため」が圧倒的大多数に違いない。
そして現実を赤裸々に語りたいなら、ライター諸氏は是非物流現場を取材するべきだ。当面は原稿執筆に困らないであろうネタ話を獲得できること間違いない。

ちなみに私の知っているハナシをひとつお披露目しておく。
とある物流倉庫の求人募集に40代半ばの女性(以下Aさん、とする)から応募があった。WEB履歴書にはいくつかの物流倉庫での勤務経験が記されており、3人のお子さんを持つシングルマザーで、具体的な勤務希望曜日と時間帯が明記されている。
彼女の履歴書と職務経歴書を読んだ所長の第一印象は「このひとはよさそうだな」だった。医薬品メーカーの物流現場経験があることも魅力だし、事務仕事の経験も十分とうかがえる。
書類選考を通過した10人余りの応募者の面接にあたって、所長の願望として「事務所と現場の両方ができる多能工者もしくはその候補者がいて欲しい」があった。
雇用総人数の15%削減・総労働時間10%減・現場スタッフの1人当たり生産性の平均6%増という目標値を達成するためには、業務量削減と並行しての多能工化推進以外に活路はないと考えていたからだ。

で、面接の当日になり、期待の彼女の順番が回ってきた。
挨拶や受答えについても全く問題ないし、清潔感があって印象は良好だ。そして質問は具体的な勤務条件へと移った。

所長「現在も就業中とありますが、うちにはいつから来ていただけますか?」
Aさん「すぐにでも大丈夫です」
所長「?、、、今のお勤め先には退職届を出しているんですか?」
Aさん「いいえ、出していません。そこは辞めませんので」
所長「え?辞めないって、、、辞めないとうちで働いてもらえないのですが」
Aさん「えっ!ダブルワーク者は応募不可なんですか?」
所長「ダブルワーク? なるほどそうなんですね。理解しました。問題ないですよ」
Aさん「よかった。自宅から近いので、ここは前から働きたかったんです」
所長「是非働いていただきたいと思いますが、6月~8月は夜間や早朝の変則勤務となったり、大型連休時や年末年始も同様に、勤務ローテーションが変わる可能性があります。それからAさんのようなマルチプレイヤーは、勤務曜日や時間帯にとどまらず、いくつかの種類の仕事を入れ替わりでこなしていただく可能性もあります。もちろん時給や半期ごとの成果報奨金はその点を考慮した中身にするつもりです。いかがでしょうか?」
Aさん「、、、大変ありがたいのですが、今はちょっと難しいのです。他の仕事との兼ね合いがあって」
所長「このP社ですね。ご提出いただいた応募書類の曜日と時間帯以外はP社のお仕事を外せないということでしょうか?」
Aさん「いいえ、その、、、P社の上に書いてあるQ社とその上のR社もあるので、貴社で働ける時間は応募書類の枠が限界なんです」
所長「Q社、R社、、、えぇ~、、、じゃあ3社掛け持ちで働いているんですか?あっ!いわれてみれば上段の3社はすべて入社年月しか書いていないですね。しかし、、、こんなこと可能なのかなぁ。今現在トリプルワークで、さらにうちが加わって、、、そういうのを何て言うんだろう?、、そもそもお体とご家庭は大丈夫なんですか?」
Aさん「ここで採用されたらR社は辞めるつもりです。夜勤仕事なので、今でもきついんです。Q社は学習塾で、週に20時間程度の講師なので、大きな負担ではありません。P社は受注管理と物流事務だけのデスクワークなので、肉体的な負荷は少ないです」
所長「しかし、それでも、、、うちで働くようになれば、いったい一日に何時間働くことになるんですか?」
Aさん「あんまり考えたことはありませんけど、寝る時間はちゃんとありますし、家事は子供たちが分担してくれますから、大きな問題はありません」
所長「でも、、、」

面接の結果だが、Aさんは採用となり、当時の面接官であった所長の下で今も元気に働いている。少し変わったことは、この物流会社の労務規程や雇用制度が大きく変わり、Aさんは正社員に準じる中身の契約社員となって、条件もより厚遇化され、今現在は専属でフルタイム労働している点だ。現場では「主任」と呼ばれている。蛇足だが、一番下のお子さんが大学を卒業して、経済的には劇的に楽になったらしいが、ご本人の勤労意欲に衰えや変化は感じられない、とのことだ。

能力ある人材が正当に評価され、報われる典型だが、ご承知のとおり皆がみなそうなるわけではない。
ダブルワークの非正規労働者の存在は減少することなく、今は正規雇用の社員ですら、給与見直しと拘束時間緩和による「所得の不足は自助努力で」となりつつある。
過去には企業人として入口から出口までの間にあった数十年間の道のりが短絡化されている。つい数年前に入口に立ったばかりなのに、もう出口が視えてしまう。
人によってはそんな会社人生となることも珍しいハナシではなくなっている。

なんとなく思い浮かぶ画には、水を得た魚のごとくマルチワークの各所で生き生きと過ごす人、もともと正社員として入社した会社では「できる社員」だったはずが、他分野の労働現場では業務がうまくこなせない人、、、のような、巡り合わせやその時々の浮き沈みが切り取るさまざまな場面だ。
経済的な必要性にかられてのマルチワークだったはずが、偶然にも才能や個性発現の契機となることもあれば、今までの常識や方法論が通じず、迷路をさまよったり隘路で傷を負ったり、行き止まりで立ち往生して項垂れるばかりとなったり。
万事は塞翁が馬だったり、一寸先は闇だったりのいろいろな境遇に見舞われることも、各々の人生模様として浮かび上がるのかもしれない。

誇れるものや秀でた才などない拙身ながら、ひとつ確かだと信じることがある。
それは「健康で元気であることは絶対的な基本事項」ということだ。
前述のAさんしかり、病に臥せることなく働き続けたからこその厚遇環境獲得だったし、それは物流現場のスタッフであろうと、大企業の幹部職であろうと、基本は同じだろうと思う。
能力とは?という問いへの回答は、

1.健康と体力
2.自分に向いている仕事を選ぶこと
3.いつもヒッシのパッチで生きること

ぐらいしか思いつかない私の人生観は、どうなんだろう?
などと思いながらの脱稿となってしまった。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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