物流よもやま話 Blog

うちの倉庫はダメだよな【8】

カテゴリ: 余談

― 承前 ―

【その理由】

今日がテレワークで助かった。
昨夜というより今朝寝付いたのは5時前だった。
起床したのは8時過ぎ。
慌ててPCの電源を入れ、カメラをオフにしたままWEB会議システムにログインした。
8時半には部長と3人の係長と5人の主任がモニターに映っていた。

寝不足で髪もひげも整えていない顔を見られたくない以上に、モニターごしとはいえ部長と対面するのは気が引けた。
「WEBカメラの不調」でやり過ごして、定例のMTGは20分程度で終わった。
部長から個別に電話かWEB会議の声がかかるかと緊張して身構えていたが、終了後30分以上経った今も音沙汰はない。

コーヒーをすすりながら今日の現場出勤状況や入荷データの最終確認を終えたら、つい数時間前に倉庫で起こった出来事が思い出された。
あの人、、、社長は常人ではありえない気力と体力の持ち主だ。それと語調や言葉遣い、集中力の変わらなさは圧巻を通り越して、超人的だと感じた。
社長とB課長が倉庫を後にしたのは午前2時過ぎだった。
現場入口のわきにある手洗い場で顔を洗った後、にこやかに「遅くまで悪かったね。ではお疲れさま」と来訪時と同じ口調で颯爽と車の助手席に乗り込んだ。
裏門から出た車が先の角を曲がると同時に緊張感が解け、途方もなく疲れを感じてその場に座り込んでしまった。
悲鳴に近いかすれ声とともに立ち上がって帰り支度ができたのは3時頃だった。

社長からは改善提案書を頭越しで独断提出したことへの非難や叱責はなかった。
退職願の件にしても、まだ部長が役員席に直接報告しておらず人事にも回していないのか、一切触れられることはなかった。
ほっとした反面、拍子抜けするようで、落ち着かない気分が今も続いている。
こんな宙ぶらりんの状態は、居場所の定まらない漂流者のようで気分がすぐれない。
はやく引継ぎ作業に入り、最後の仕上げを済ませてしまいたい。

それにしても、部長が商品部時代に改善提案書を作成し提出していたことには驚いた。
しかも私の作成したものとほぼ同じ内容だと社長が話していた。
現場改善の必要性と早急な着手について、何度か部長にかみついたことがあった。
言い始めた当初は一から丁寧に説明して、プレゼンソフトで業務フロー図や小分けパッケージ規格や台紙等のデザイン案と何通りかのサンプル下書きまで用意していたが、感心しほめたたえてくれるばかりで、最後は「もう少し部内で現場改善の工夫を練ろうよ」と終わる。
そんなことが続いて、いつからか「どうせ承認してもらえないのでしょうけれど」という斜に構えた物言いをにじませて、部長に皮肉交じりの言葉を吐いたことも一度二度ではない。

商品部長から物流部長に左遷ともいえる異動を経て、もはや摩擦承知で矢面に立つ気力など持ち合わせていないのだろう、と理解しつつも軽蔑に近い感情を抱いていたことは事実だ。
よくよく考えてみれば、商品部からの異動は出過ぎた真似をしたがゆえ、、、いや、しかし部長が商品部時代に改善提案書を作成した当時はまだ課長職だったはずだ。決裁の可否が保留された状態で商品部長に昇進している。うちの会社では盤石の役員コースだし、現に過去の商品部長には全員が執行役もしくは取締役執行役員の肩書がついている。
しかしながら歴代の商品部長が就任1年後にはもれなく冠してきた執行役とはならず、さらには在任2年余りでの物流部長への異動だったので、あちこちであらぬうわさが流れた。

昨夜の出来事でもっとも引っ掛かっているのは「私が営業にいたころには取り置きは禁止だった」という社長の言葉だ。
当時はバラ販売などめったにない、特注対応できる製品数は現在よりはるかに少ない、取扱SKU数は半分程度、、、だったとはいえ、それと取り置きの発生は関係しない。
今以上にお客様の無理難題を喜んで引き受けて叶えていたはずなのに、いかにして「禁止」がまかり通ったのか。
営業部・商品部は物流部の規定に従って顧客対応や仕入調整したのだろうか?
専務の力だけに因るものではないと社長は断言していた。
ならばどうやって規定順守を維持していたのだろう?
重ねての疑問は、そんな状態なのになぜ部長は改善提案書を書いたのか?、だ。
今とはまったく状況が異なる正常な業務進行中に、無用の波風を立てるような行動に出た理由は何なのだろう。それについても、結果的には同じ道を先に歩いた本人に訊くのがもっとも確実で、社長も現場でそう勧めていた。
辞めるとはいえ、やはりそれだけは知っておきたい。
モヤモヤが晴れぬまま午前中を過ごして、昼食後に思い切って部長の携帯電話にかけてみた。

「Aです。お疲れさまです」
「はい、お疲れさま」
「少しよろしいでしょうか」
「もちろん大歓迎だよ。テレワークは結構ヒマを持て余すもんだねぇ。普段たいして仕事してないことがバレバレで焦るよ」
「はい、私も同感です。ところで、あの、私の退職願と独断提出した書類の件ですが、、、」
「うん」
「申し訳ございませんでした。お叱りは覚悟しております。しかし最後にどうしても、、、」
「どうしても、、、なんだい?」
「自分の責任としてやるべきことをやっておきたかったのです。それが会社内でのルール違反であることは承知していました」
「そうか」
「実は昨夜、現場に社長と管理部のB課長がみえられました」
「そう」
「社長からたくさんの質問があり、私はほとんど紋切り型の受け答えしかできませんでした。自信過剰で思い上がっていたことを痛感しました」
「・・・・・」
「その際、商品部時代に部長が私の作成した改善提案書とほぼ同じ内容の書類を作成し提出されたと、社長から教えていただきました」
「うん」
「どうして今まで教えていただけなかったのでしょうか?」
「知っていたらどうした?」
「再度決裁判定していただくよう上申しましょうと強く部長に言い寄っていたと思います」
「そう思っていたよ。だから伏せておいた」
「だから、、、ですか?」
「私が伝えなくても、君はきっと似たようなものを作成するだろうと思っていた」
「しかし、それは時間の無駄です」
「そうかな。決して無駄ではないと思っているのだけど」
「なぜですか?」
「君の物流技術と全体業務フローの観察力・分析力・判断力は私のはるか上であることが実証されたし、業務正常化を目指す道で私と同じ轍を踏んだことも同様だったからだよ」
「同じ轍?」
「そう、合理的で最短時間と最少ロスを目指す余りの利器依存。現場力の限界を勝手につくりあげて、それを既成事実にしている」
「それは、、、そうかもしれませんが、部長も同じことを過去になさったんですか?」
「もっとひどかったはずだ。商品部の課長という権限の威を借りての独断専行だったし、営業部への当てつけもあった。物流部のことなんか下請程度にしか感じていなかったよ。口癖のように ‘ うちの倉庫はダメだよな ’ と吐き捨てるように批判していた。それを穏やかな口調でたしなめるのは現社長ぐらいのものだった。‘ うちの倉庫はダメじゃないよ ’ とね」
「・・・社長がですか、、、」
「私はO、、、現社長のことが嫌いだった。いつも冷静で、誰の責も問わず、面倒や困難には率先して取組んで、最後は解決してしまう。まさに絵に描いたようなヒーロー然としていて、鼻について仕方なかった。苦手で煙たかった、といったほうが合っているかもしれないが」
「折り合いが悪かったんですか?」
「いや、むしろ逆だったよ。社長は何でも私に相談しに来てくれたし、仕事内容についてもほめてくれたよ」
「なのに嫌いだったんですか?」
「嫌いだと思うようにしていたんだろう。コンプレックスと嫉妬のなれの果てだよ」
「・・・・・」
「彼は全部お見通しだったはずだが、それを一切口にしなかった」
「・・・・・」
「正面切って怒鳴ったり詰めたり、頭から依頼を拒絶したのは私の方だよ」
「え?」
「Fさんが引退した後、社内にうるさ型がいなくなったから、いっぱしにその代わりをつとめる気になっていた。Oとは違う畑で突き抜けようとしていたんだ」
「その当時なら部長も同様に出世頭だったのでは、、、」
「いつの時代にも社内にはその手の話をまるで競馬新聞の予想記事みたいに面白おかしく言ってまわる連中がいるものだよ。私自身は内心ではとても敵うとは思っていなかった。彼は圧倒的に仕事ができたし、人間的にも数段上だった」
「・・・・・」
「同期の中だけでなく、誰もが認める存在だった」
「はい、そう聞いています」
「うらやましかった。だからなんとかして自分も実績を上げ、彼に大きく水を開けられない位置にいなければ、といつも焦っていた」
「それが改善提案書の作成につながったんですか?」
「結果的にはね。もちろんかなり前、、係長のころから必要性は感じていたし、断片的ではあるけど、ほぼ全工程の改善方策を考えついてもいた。長年書き溜めて、こまめに手を入れてきた数冊のノートや束になったメモ紙のスクラップ帳をまとめたのがあの書類だった」
「上司は、、、当時の商品部長は賛成だったんですか?」
「誰よりも評価してくれたはずだし、こちらが照れるほど褒めてくれたよ。
それからすぐに当時の商品部長だった常務、つまり先代の社長は役員会に諮る前に、隠居したFさんを訪ねて内々に相談したんだよ。というより根回しだったと思うよ。自分も賛成していたんだから。
仕入・物流・管理統括として君臨した大功労者であるFさんの評価があれば、役員連中は有無を言わずに頷くに違いないと考えたんだろう」
「でもそうはならなかったのですね」
「そのとおりなんだ。Fさんは総論賛成だが時期尚早、一見には緻密で合理的だが、掘り下げれば現場改善からの逃避と怠慢のすり替えだらけで、基本事項の徹底と現有機能の限界までの追求が感じられない。利器依存の果てに、機材やシステムでは解決しきれなかった残存課題や隙間に隠れている業務欠陥が明らかになった時、その倉庫内には解決できる環境と人材が無くなっているだろう。それは長年にわたって数多の人間が耕してきた肥沃な土壌に劇薬をまいて畑の生命力を死滅させるようなものだ。提案書の改善案とその具体化については、やるべきことをやってからとするのが真っ当である、とさんざんだったらしい」
「それは今の私にとって身のすくむ言葉です。自分の浅はかさが知れてなさけないです。しかし、素朴な疑問として当時は今ほどの物量もないですし、バラ出荷や同類の返品なんかもほとんどなかったはずです。なのになぜ部長は改善提案を主張されたのですか?」
「私は販売が小ロット・多頻度化し、仕入はそれに応じて変わらざるをえなくなると確信していた。その際のコスト転嫁を協力工場に強要するのではなく、自社でも生産管理・在庫管理と販売管理をいっそう緊密化してコスト抑制に執着し、かつ各項目の一元管理のためにデジタル化を進めなければならないと考えた。その際の最重要機能は物流だと結論付けた」
「すでに今の状況がみえていたんですね」
「すべてをひとりで考え、予見や予知したわけではないよ。今の社長、、、Oがそんな時代が必ずやってくるはずだから、G君は仕入の再編とルール変更、物流機能強化で営業を支えてほしい。自分は顧客理解とコスト負担を徹底的にやる。諦めず曲げることなく本当のことをそのまま顧客に伝えて理解してもらう。そう言ったんだよ。私は唸りながら感心と感動していた。それで来る未来に必要な構えと仕組を提案したんだよ」
「なのにF専務はダメだと?僭越ですが内容以前に、専務らしくない言葉だなと感じます。たとえ正解が解っていても、ひとたび身を引いたら口を挟まないタイプの方だと思っていました」
「私もそう思っていたし、事実そういう人となりの方だよ」
「なのに、ですか?」
「部長から顛末を聞かされた私は、ショックと憤慨でOに愚痴をこぼした。というより旧態依然としか感じなかった専務の言葉や、そのまま真に受けて退散してきた気概ない部長に対しての文句だ」
「・・・・・」
「しかし、じっと黙って聞いていたOは小さな声でこう言った。
“ あの提案書は誰が読んでも素晴らしいと評価するものだよ。的確で緻密だし、合理的で低コスト化にも成功している点まで及べば、万人が称賛に終始するに違いない。なのにFさんは提案以前の深いところにまで言及して、あえて不備を挙げた。
僕は君がうらやましいよ。きっとFさんは君を後継者だと考えているんだろう。隠居の身でわざわざ憎まれ役まで買って出るんだから。そして会社の将来のために甘んじてその役を引き受けたとも言えるよ”」
「・・・・・」
「そう聞かされて、やっと自分の短絡さや愚かさを恥じる正気を取り戻したんだが、ではFさんのいう‘ 基本事項の徹底と現有機能の限界までの追求 ’の具体的な中身とはいったい何なのか?これには困ってしまった」
「今の私がその状態です」
「うん、わかるよ。私も何年もかかって最近やっと道筋が見えてきたよ。物流部で毎日現場情報を見聞きし、疑問が湧いたらその都度現場を歩けるようになったことが大きかった」
「もしかして、部長はその具体的な中身を実行しようとしていらしたのではないですか?そんな矢先に私が騒ぎを起こして・・・」
「そうだね、下期から着手する予定だったし、稟議も通してあるよ。役員会外秘扱いとなっているけれど」
「秘密裡に進んでいるんですか?」
「そうだ。社内での毒出しと掃除が必要なことでもあるからね」
「しかし、そのためには役員にまで・・・」
「それはO、、社長が引き受けて処理したよ。下期前に大きな人事があるだろう」
「・・・・・」
「私は今期限りで退職するつもりだ」
「え?」
「実は提案書を書いた翌々年に初期の大腸がんが見つかってね。会社でのすべてをあきらめかけていた私だったんだが、上司の常務は商品部長就任を術後の経過観察の3年間も待ってくださった。もう大丈夫だろうと前を向いて、社長になっていた元上司の恩情に報いるためにも精力的に働いているうちに病気のことなど忘れかかっていたんだけど、2年前の定期健診で再発がわかった。就任間もないO社長にすぐに伝えて、重ねてのわがままとして物流部に異動希望を出したのも、会社での残り時間が少なくなっていると思ったからだった。
「残り時間、、、って」
「あくまで会社人としての、だよ。余命なになに、なんていう差し迫った話ではないので心配は無用だ。大腸の時と同様に早期発見だったから、即処置して事なきを得たし、その後もつつがなく過ごせてはいるんだけれど、今後も定期的な検診を絶やさずに、生活自体の中身も相応に変えなきゃならないというわけなんだよ。家族にもこれ以上心配を掛けたくないからね」
「そんな・・・どうして教えて下さらなかったんですか」
「身の処し方もあらかた整ったことだし、そろそろ話さなければ、、、と思った矢先に君から退職願が出されて今に至るだよ」
「申し訳ありません」
「謝ることはない。私がもう少し早く君に胸襟を開いていたら、事態は変わっていただろう」
「でも私がやったことは許されないことです」
「許されない?誰が許さないのだろうか?」
「社長や両本部長、そして誰よりも部長がです。それ以前に社会人として失格です」
「それが失格要件なら、私の方が先輩だよ。君はまだ辞めてはならない。社長も両本部長も心配いらないよ」
「しかし」
「Fさんが残した掟を継ぐ者のひとりとして、君はかけがえない存在だと社長がしみじみと言っていたよ」
「・・・・・」
「夜明け前にいきなり携帯が鳴って、驚いて跳び起きてでたら、彼からだった。つい先ほどの倉庫での出来事を懐かしむように話していたよ。さすがに声がかすれていたけれど。
長年の巧妙な不正と緩慢化していた営業や仕入のルールや行動管理にも抜本的な手入れの根拠が掴めたと喜んでいたし、同時に久しく倉庫を歩いていなかった自身を恥じていたよ」
「・・・・・」
「来期からは君が責任者として物流部を運営するんだ」
「え?」
「もう社長から内示が出ている」
「わが社初の物流部生え抜きの物流部長の誕生となるはずだよ。人事のことを先走って漏らすのはルール違反だが、そもそも問題児の筆頭だった私のことだから、誰もが諦めてくれるよ」
「そんな、、、なぜ私が」
「退職しても、嘱託契約で現場サポートできるように取り計らってもらえるらしいから、微力ながらも邪魔にならんように手伝えると思うよ」
「しかし私の能力では部長職どころか、現状改善すらおぼつきません。なのにそんな・・・」
「現場改善は私に案がある。着手は私と2人で、完成までは君が責任をもってやり遂げるんだ。時期をみて仕入ロットとパッケージ変更の決定があるだろうし、社長指示で販路についても新規開拓がいくつか控えているらしい。新パッケージの導入でEC系の新規取引が見込めると聞いている。利益率も高いようだから、仕入コストの増加分は物流改善効果と新規顧客でなんとかなりそうだ」
「では、私の退職願と書類提出は、、、、、」
「退職願は即座に捨てたから存在しない。改善提案書は結果としては奇しくも二代続いての物流部長が課長時代に提出した決裁保留物となった。社史に残ってもよさそうなもんだよ」
「ありがとうございます。とても、、、うれしいです」
「それから社長から伝言を預かっている。

“ A君は要職にあって重責を担うにふさわしい逸材だ。
管理部のB課長は遠からず営業部に戻り、やがてわが社の明日を背負う存在となるだろう。
その時、A君にはその脇でうるさく始末を整える役割を務めてほしい。
かつてのF専務のように ”

ということだった。確かに伝えたからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・申し訳ありません。取り乱し、、、」
「気にすることはないよ。今日がテレワークでよかったね」

(了)

- あとがきへ続く -

【2021年4月28日追記】
本連載ですが、後半部を相当に加筆修正した内容で2021年2月1日からLOGISTICS TODAYにて14回の連載となりました。より読みやすくなっていると自負しておりますので、そちらをお楽しみいただくほうがよいかもしれません。

「うちの倉庫はダメだよな」第1回コラム連載

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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